夢。――――――泡沫の如く消え去る、白昼夢。



――で、あって欲しい。



































私が彼を創った、彼は私に創られた、自分で創った酷に襲われた、創られた酷は創った人間を襲った―――――――――?










「な、な、なな何言ってるんですか何言ってるんですかッ!?私が、私が、彼を創ったって、私が」

『うそだ、ちがう、俺は、違う、こんな奴に創られたはずなんて、俺は、普通に酷として生まれたはずだ!!』





互いの目的はきっと違うのだが、今現在否定したいことは同じだ。

ほぼ同時に口にしてしまったが、とりあえず私達の気持ちは伝わったようで。

ちなみに、途中から沙羅さんは両手の人差し指で両耳を塞いでしまっている。

それ以上聞く必要はないと判断したらしい。



「否定したけりゃしとけ、事実は変わんねぇがな」



冷たい、あっさりとした、返答。

事実は変わらない。たとえそう言われたとしても、あっさりと認めるわけにはいかなかった。

何より身に覚えがない、酷を創る原因となるようなことが私にあっただろうか。

生まれてこの方、負の念を大量発生させてしまうようなことが、あっただろうか。



「だってっ、どうしてですかッ、どうして私が酷を創っちゃってるんですか!?」

「そんなこと知るかよ。俺が分かるのはこの酷はてめぇが創ったってことだ」

『俺はこいつから生まれただなんて知らねぇぞ!?』

『分かるわけないじゃないですか、あなたの意志が生まれたのは酷として形成された瞬間です。誰かに創られたまでは分からない』



淡々と、それはもう淡々と言葉を返される。

悉く反論の余地を奪われた私達は、それでも口を閉ざすわけにはいかない。

何を守りたいかは分からない、でも何かを守っているつもりだった。

つもりなだけでも良い、必死で、心が叫ぼうとしているのなら、それを押さえ込む理由もないだろう。

どちらがどちらに譲ることもない、ただ好き勝手に吐き出した。



『第一、この女が俺を創るほどの念を出してやがったのかっ!?』

「その証拠は何ですかッ、私が彼を創ったという証拠は――」

「おいおい、思考回路駆使しやがれ馬ー鹿。訊いただろ?【どうしてこの酷が無茶苦茶になったのか】って」

「そ、っそんなこと」

「てめぇの強制帰還をこいつが受けた瞬間―――」



脳内で、先ほどの光景がフラッシュバック。

懸命に放ったはずの言霊を、あっさりと受け流されてしまった瞬間。

もうなくなっていたはずの恐怖が蘇り、頭の奥が冷えるのを感じた。

微かに視線を酷に移したが、すぐにそれを沙羅さんへ戻す。彼を今見ても仕方ない。

震えかける腕を無理矢理押さえつけた。





「まず、確実にこの酷の念の許容量は限界を超えてたはずだ。

 創造主本人の念を受けた所で、その酷に念が吸収されちまうせいで強制帰還させることは出来ねぇ。

 だが、内側じゃぁてめぇの念が叩き込まれて悲鳴上げてたんだよ。

 それに気付かなかったたぁ、てめぇも相当間抜けだな。                            」





どこまでも嘲笑しか含んでいない顔を、彼へと向ける沙羅さん。

だが、その笑みに酷は反応しない。彼女の言葉を聞いてそれ所ではなくなっていた。

願わくば彼の反論する声を聞きたかった。

そうしないということは、彼が納得しかけているということ。

頼むから、何か言葉を沙羅さんへ返してくれ、逆らってくれ、事実ではないと言ってくれ。

彼が否定してくれなければ、私がどうしようもなくなるではないか。



『あの、破裂は――』

「空の念受けて、てめぇを構成してる念が耐えきれなかった。ってこった」

『じゃぁ、―――俺は、…本当に』

「てめぇの創造主は空であり、てめぇの母親は空であり、てめぇの絶対唯一の神は、――――空だ」



完全に、酷は沙羅さんの手に落ちた。

まずい、このままではまずい、駄目だ、どうにかしないと。

言わなければ、私が、否定の言葉を、認めさせてはならない、――――認めては、ならない。

もの凄くご大層なことを言われたが、きっとこの酷はそんな風に思いはしないだろう。

表情を見れば分かる、苦々しく唇を噛みしめていた。

沙羅さんの言葉に喜んでいる様子など皆無だ。





「存在したけりゃ、空を護れ、命を懸けて、その身を全部捧げてでも、空を護り続けろ」




けれど、次に沙羅さんから出て来た言葉に、呆気とした。



そのセリフがなぜ繋がってくる、どうして彼がそんなことをしなければならないのだろう。

百歩譲って、いや千歩くらい譲って、彼が私から出来た酷だとしても。

別にそんなことをする必要があるのだろうか。

何より、先ほど星夜さんも言っていたではないか――――――沙羅さんを、殺したいと。

ならば、彼とて逆に、私を殺したいのではないのか。

護るなんて真逆のことを、するはずがない。





『そんなこと、するくれぇなら――』





ほら、みてみろ。





『消滅した方が、マシだ』

「……へぇ」

『俺は腐った人間共と一緒に過ごすために生まれてきたわけじゃねぇ。

 こんな女のことなんざどうでもいい、こいつの傍にいるよか奈落酷界にでも行ったほうがマシだ。

 とっとと強制帰還でも何でもしやがれ、俺はそれでも後悔はしねぇ。                  』





揺るぎない言い方だった、しかしそれは正しい。

私からしても、彼と一緒にいるなんて願い下げ。

互いに利益があるわけがない。

酷の言葉を聞いた沙羅さんは、――――今度は、嘲りも何もない笑み。

いや、もはや嘲りすら超えたのか。










「やっぱ、何も分かってねぇんだな」










すでに、憐れんでいる。

その瞳が冗談でないことを告げていた。

いやでも酷に大して、叩きつけられた。



「てめぇの体は、強制帰還を受けてるわけじゃねぇんだぞ?

 その消滅の仕方は、【真の消滅】を意味してる。てめぇはこのままだと奈落酷界にすら行けねぇ」

『な―――に?』

「今、この空間で、てめぇは【存在自体】が、【消える】ことになる、って言ってんだよ」



おそらく酷の言っていた消滅とは、強制帰還により起こる消滅。

だが良く考えてみれば、私の言霊が効いたわけでも、沙羅さんか星夜さんが言霊を彼に向けて放ったわけでもない。

つまり、彼は強制帰還のせいで消えていこうとしているわけではない。



「空の念が叩き込まれて体が耐え切れてないって事は、てめぇを構成してる念が脆くなって分解されていってんだ」

『!?ちょ、嘘だろッ』

「それを食い止める方法は、唯一つ」



彼の額を鷲掴みにして、沙羅さんは宣告した。





「新しい空の念さえぶち込めば、それでてめぇを【再形成】させれば済むってこった」





確かに、そういうことにはなるだろう。

私が彼を破壊させておきながら、彼が復活するために私は必要なのか。

なんと滑稽なことだろう。

酷は沙羅さんの言葉を聞いて、ただ歯を噛みしめている。

そうしている間にも、彼の体は消えて行く。

吹っ飛んだ腕の肩や霧散した羽根の傷跡から、急速になくなっていっているようだ。



「もう一度言う。

 存在したけりゃ、空を護れ、命を懸けて、その身を全部捧げてでも、空を護り続けろ。

 空が死ねばてめぇは死ぬ、だが空が死なないならてめぇは存在してられる。必要十分条件は成立しねぇんだよ。  」



このまま彼が躊躇い続けていれば、きっと確実に彼は本当に消える。

呆気なく消し飛んで、この空間からいなくなる。

欠片も、塵一つ残らない。

そう思った途端、急に頭の中が――――スッキリ、した。

そう、とてつもなく、整然とした。先ほどまで渦巻いていたものがなくなる。




















「言って、下さい」




















不意に、飛び出た。

無意識で、――いや、実は意識していたのかもしれない。

ただ、酷へ向ける。

口が勝手に動いている、もしくはそう言わなければならない気がした。

どっちだ、どっちだどっちだ。

私の意志は、ここにあるのか。















「言って下さい、私を護ると言って下さい」

『な、ぇ』

「―――ッ言え、早くっ、言え、あんたは死にたくないんだろッ!?」















叫びに近い怒鳴り声。

驚愕の目で見て来た酷へ、全力で返した。

その僅かな動きのせいでもあるのか、砂がザルから流れていくような音が届く。

彼の体が、さらに急激な消滅を開始した。

刹那に空気へ溶けていく彼の要素に、声が詰まりかける。





「ッもうお前は限界だっ、消えて、無くなるぞ!?」





上半身と下半身が分断されかけている。

あ、完全に分かれた。

首にも侵食の手は伸びて、蝕み、彼を冒していた。

そのことを今更理解したようで、彼は絶句する。

沙羅さんと星夜さんに気を取られていたせいで、全く己の状況を認識していなかった。

一気にどん底へ突き落とされたようで、彼に恐怖が芽生えたことが私ですら分かる。





『―――――ぁ』

「早く、早く早く早く早く!!消える前に、早く、早くッ…!!」





なぜか私が懇願している、どうしてだろう。

私のせいで彼が消えようとしているからだろう。――ということにしておく。

とにかく彼が消えてしまうと後味が悪い、私のせいでということが嫌だ、冗談じゃない。

こちらとしては支配されかけたというのに、どうして最終的に私が悪いままのような雰囲気で終わる。

そんなこと、あってなるものか。

せっかくスッキリしていた頭だったのに、今度は何かが湧いてきて止まらない。

混沌としたものではなかった、逆に純粋なくらい純粋。










『―――ッ、チクショウ!!あぁ分かった、やってやらぁ!!こいつを――この女を、護ってやるよッ!!』










やっと、彼が折れる。


それを聞き、沙羅さんが酷の胸ぐらを掴み上げた。

上半身だけ浮かび上がったその光景は、あまり見ていたくはない。

そうこうしている内に消滅が進めば、呆気なく彼は彼女の手から落ちる――前に、消え去るだろう。

しかしそのことを気にする様子を見せることなく、彼女の視線が私へ飛んできた。





「よし、契約成立」

『それでは、あなたを元に戻しましょうか』





いつのまにか、すぐ後ろに一つの存在。

星夜さんが背後に立っていた、全く気づけない。

その長い三つ編みを見上げ、シルクハットを視界に入れた。

彼の双眸の奥に、何かを垣間見た気がした。





『空、気絶してください』

「…………は?」





それが何なのか理解する前に、思考を奪われる。

ベリ――――――ッ、と剥がされる。

それは皮膚から、内臓から、筋肉から、骨から、体を構成している全てから。

次いで剥がされた箇所から、つまり全身から、高熱。

断末魔など響かない、響く間もない。

沸騰する、何もかもが、沸騰して気体となって、分解する。





気絶してくださいと、言われるまでもなかった。















     *     *     *     *     *















「さぁて、これで一段落だな」

『また面倒なことをしましたねぇ、……僕達』

「違ぇねぇな、本格的に【本部】に感づかれた」





静寂。



―――――――後、大笑い。

二人分の声が結界により静まっている校舎に響いた。

不気味以外の何ものでもなかったが、周りに止める者もいないので二人はいつまでも笑った。

何か楽しいわけでもない、狂ったように笑う。

龍耶は沙羅に掴まれたまま、全ての体を取り戻しているが意識は吹っ飛んでいる。

代わりに、空は星夜の足下で気を失っている。

その二人に、沙羅と星夜の笑い声は届かなかった。





『全く厄介ですよ、向こうは【殺す気】でやってくるでしょうね』

「ククッ…それがどうした」





片手で顔を覆う。

指の間から覗く緑は、目の前にいない標的を捕らえていた。

その光景は、星夜の目にも届いていた。

それは沙羅にとって、それは星夜にとって、何だったのだろうか。





「返り討ちにしてやらぁ、そんなもん」





修羅が、降り立った。




















     *     *     *     *     *




















「【誓約違反】」










ポツリ、と零れる。



すぐに静寂の部屋へかき消えた波。

けれど、ここにいる存在達にはしかと届いた。

光源、というものが一切ないこの部屋では、余計に音は大きく聞こえる。

小さい円形のテーブルを囲っているのは合計三人。

扉と一直線の位置にいる、中心人物が発言した。





「第一級犯罪を、また繰り返したのか愚か者共」





呆れの溜息と共に吐き出され、だがその裏にはまだ何かが含意されている。




「どうします?とりあえず」

「とりあえずも何もありはせん、【約束】を決行させてもらうまで」

「それにしても、誰を送り出すおつもりで?」

「決まっておろう?」





他の二人が次々に口を開く。

それに対してあっさりと受けて答える中心の存在は、喉で笑う。










「無論、【六漆黒】じゃよ」










何の躊躇いもなく、言い放った。





「まぁたそんな悪趣味なことなさるんですかぁ?」

「ふん、もうあの二人の運命は確定した。多少、遊んだところで問題はない」

「遊ぶ余裕があるんでしょうか、果たして」

「我々には、ある」





巫山戯た口調で発言した一人に、笑みを浮かべて中心が返した。

そんな二人に顔を顰めつつ、残りの一人が零したが、それもあっさり返された。





「良い機会じゃ。【あやつら】の忠誠心を試させてもらおうかのぉ?」





その言葉には、欠片も試そうなどという気はない。

ただひたすらに、楽しもうとする気持ちしか、感じられなかった。

一瞬寒気の走った両サイドの二人は、何も言わない。










「捕縛命令を六漆黒に下せ。対象は朱鷺山沙羅及び【特例闇影】星夜」










軋んだ寂しい音を立てながら、次々に歯車が回り出した。